旅行の意義

私は2月終わりから2週間ほど西欧を旅行した。

旅行して得られた成果はただ一つ、「そこにヨーロッパが存在する」ということだ。何を当たり前、と思うであろう。また、それ以外の成果はなかったのかとも思うだろう。それ以外は何もなかったのである。

ヨーロッパとは我々の地域であるアジアと実はそう遠くない距離にあり、日本からの最短の有名な地点はウラジオストクである。東を征服せよ、という意味の名付けられていることで非常に日本にも(ある意味)馴染み深く、ロシア又旧ソビエト連邦の重要な東の拠点でもある。しかし地理的に言えばウラル山脈から東はアジアとされている(と、聞いた覚えがある。間違えてたらすみません。)つまりウラジオストクは到底ヨーロッパとは言えないわけであるがロシアの拡大政策に伴った東方への進出によって東の土地を得て、またロシア(帝国と共和国)ならびにソビエト連邦の数々の戦勝によって得た国際政治で力を持つことができたという2点により「ロシアはヨーロッパである」という主張からなし得た屁理屈のようなものである。話がだいぶ逸れた。

ヨーロッパとはざっくりとユーラシア大陸の西に存在し、先進国が多く、エクメーネの土地が多いような印象がある。

第一に私はヨーロッパの存在をまだ確認したことで、ユーラシア大陸が西に大きく広がっていることを視認した。残念ながら私の頭は非常にレベルが低いので、自分の目で確認しないとそれが存在しているかどうかに対し、若干の疑問を持ってしまう性質がある。そのため、この世界には本当に大陸があるのか?について些か、ほんの0.数パーセントだけ疑問を抱いていた。これは全て解消されたのである。それは2度にわたった。まず飛行機からの眺めである。行きの飛行機からは、まるで生物などいないかのような(おそらく本当にいないのであろうが)凍りついたシベリアの大地が、帰りの飛行機からは、川の流れた痕跡はあるものの岩石しかないようなチベットが、どちらもあたかも無限に続いているかのようなほど遠くまで続いていたのである。二つ目は当たり前ではあるが、降り立ち、街の風景を見たことである。そこには知らない人の(おそらくアーリア人とみられる人々の)生活があったことである。誰もいないような土地の向こうでも人は生きていたのである。

第二に先進国は日本だけではなかったのだと改めて思い、また「先進国」の定義に疑問を持つことでもあった。私はこれまでグアム、サイパンという南にある元日本領にもなったことのあるような近場の島や、タイのような発展途上とまでは言えないが相対的に成熟しているとは言えない国には行ったことがあった。しかし、世界の覇権を一時期とっていたイギリス、全ヨーロッパを手中に置いた(おきそうになった、が正確であろうか)ドイツ、フランスには行ったことがなかった。これら3国は言わずと知れた先進国であろう。では一体何が先進、なのであろうか。例えば鉄道という観点だけで見ると、我々日本人からすれば全て二級品である。イギリスの地下鉄は電波が圏外、ドイツは改札機がなく、駅員が見回る制度のためフリーライドできてしまうし、フランスは遅れてばっかり(前述した2国もそうであるが...)、仕組み以前の問題である。イギリス、フランスは改札機のレベルの低さにも驚く。人を捌くのに適していなさすぎるが、日本式の改札機だとおそらく乗り越えて行く人が多々いるだろうし、前の人にぴったりとついていけば通れるし、それを利用したキセルが大量にでるであろうと予測したことからあのような強固な改札機が作られたのだろうと想像する。(少し盛った。正確には友人と話していてこの考えに辿り着いたのである)乗り越えてしまうようなモラルを持っていること自体、その民族性がまるで先進的ではないと感じる。先進的ではなかったのはこれにとどまらない。ドイツ、ベルリンでは1度「コロナウイルス!」と叫ばれた。なんという差別であろうか。あくまでも例え話であるが、高貴な大和民族ゲルマン民族の暮らしを見に来てあげているのであり、その「人間動物園」の中に数日間入ってみようではないかと、もし、私が思っていてもそんなこと口には出さないし態度にも出さない。日本でヨーロッパ人を見かけても「ペスト!」とか叫ばないし、ドイツ人を見かけても「ホロコースト!」と言わないのである。ましてや思うことすらないであろう。それを彼らは「コロナウイルス!」と叫んだのである。その彼らとはいわゆる詐欺集団ではあったが、詐欺集団がそうであるということはその国の義務教育段階においては差別が良いのか悪いのかについては重要視されてないのであろうと感じた。少し考えてみれば奴隷貿易(三角貿易)などをしていた国々である。アフリカの民族をほとんど皆殺しにする戦争を平気でしていた国である。二等国であるといっても過言ではない。では私がどこで先進的だと思ったのか。それは歴史である。前述と非常に矛盾したことを言っているのであるが、私はヨーロッパの各博物館において、各国々が明確な歴史観を持っておりそれに対して確固たる自信を持っていることである。イギリスは海では怖いもの知らずとしたあの太陽の沈まぬ帝国時代からの(おそらく現代まで)帝国の栄光に、フランスではあと一歩で全ヨーロッパを征服し、また「国」とは何かの考えを変えさせたナポレオンボナパルトの栄光に、確固たる自信を持っていた。ドイツはビスマルク時代の栄光という側面もあったが、何よりも全てにおいて「事実」に基づいた第三者視点という側面が強く、他国から干渉されることに対する強い反発を感じた。なぜならば日本であり得ないであろう、第二次世界大戦時の武器が置かれていたのである。あれほどナチスは否定されているというのに、だ。ナチスについては否定する、かの戦争は良くなかった、と反省しつつも、この兵器が使われました、という事実に対してはそれを後世に伝えるのである。さて、日本を省みると如何であろうか。日本人に確固たる歴史観はあるのだろうか。あるとしても万世一系天皇がいるという事実だけではないか。日本人の歴史観は二等国どころではない。残念ながらこれは教育レベルの低さでもある。そして歴史観がないのは王朝が1つであるから、作る必要すらないという日本の平和な歴史の象徴でもある。こうして、ドイツ・イギリス・フランスが先進国であることを実感し、またそれは物的なものではないのだということに個人的納得を得た。

こうして、ドイツ語も英語もフランス語も話せない私は、「そこにヨーロッパが存在する」ことを知り、また立ち寄ることに強く渇望するのである。

今回の旅行は中学からの友人である、全て(それは性格も)において非常に優秀な方と一緒に旅行した。させてもらった、の方が正しいだろう。彼がいなければ今日の私は存在しないし、この旅行も存在しなかったであろう。彼は堪能な知識とあり得ないほど深い洞察力、思考力を私に魅せてくれた。

最後に、「英語だけは勉強しておいて損はない」ということも併せて学んだことの一つとして記しておく。