ウクライナ危機に際して

今日(2022/02/22 02:49現在)ウクライナの命運を決すると言っても過言ではない。

 

私の考えを述べるにはあまりにも短すぎる時間ではあるが、「何か」が起こる前に私のスタンスを示しておきたい。

 

何があろうと、実力行使による如何なる現状の変更もこれは許されない。つまり、たとえドンバス人民共和国やルガンスク人民共和国の保護だという理由だとしてもそれは単なるでっち上げに過ぎず、全く許される事項ではない。たとえロシアになんの事情があろうと、西欧に対する劣等感があろうと許されることはない。

 

したがって、ロシアはWW2での枢軸陣営と同じように、正規実力部隊による全面侵攻に踏み切った場合、国土が焼けるほどの報いを受けるべきである。また、NATOはかつてのナチスに対するチェンバレンのように譲歩すべきでない。次は、スヴァルキギャップの割譲であり、それに伴ってNATOの崩壊、ソビエトの誕生だ。これではまるで大戦前に戻ったかのような地図が出来上がる。

 

また、この状況を見た日本はどうするか。

隣国には武力による現状変更を試みる大国がおるなかで、何をすべきだろうか。

ウクライナは今日の今日まで「侵攻はない」とし、予備役の招集すらしてきていない。イギリス-ポーランドとの三国同盟がありながらもこれらの効果が発揮されなかった。私たちの日米同盟やクアッドも同じである。

 

日本が核の再武装をしろとかそのようなことを申し上げているのではない。ただ、国民が意識的に安全保障に関する知識をつけ、国はそこに予算をつけ、ハード面の充実はもちろん、ソフト面の充実もすべきだ。特に日本は正面装備の充実度合いに比べ、兵站が疎かであるという悪しき伝統がある。今回の事態に直面し、やるべきことは、正面装備の充実、自衛隊の拡大は当たり前ではあるが、なによりも国民意識の改革を実施するべきだ。

 

剣にペンは勝てるかもしれないが、花束やプラカードでは勝てないのが現実だ。