話したのは小学生ぶり...となると十数年ぶりの友人...そう今は友人、小学生の当時は知人とFBで少しやりとりした後会った。明らかに常人っぽい砕けさがない不思議なメッセージの彼との久々の出会いは少しだけ緊張していた。言わば優等生だった私と不良にも近い彼との接点は帰り道の電車が同じことだけだった。私は中学でその学校を離れ、東京の学校に通った。私にとっての彼の印象はとにかく絵が上手い男の子だった。その後の彼の進路はよく分からず、ただ「大学時代にフランスにいること」だけが分かっていた(それすらも違うことが後から分かった)。
兎にも角にも当日彼からメッセージが来たので、ご自宅に伺うこととなった。その住所は明らかに高級マンションを指していた。ようやくそこで彼の実家が裕福だったことを思い出したが、(少なくとも私が知っている)彼の性格上、親が借りる家に住むことはないだろうと思った。だからこそ何をしているのかとても気になった。
彼の家はエレベーターにたどり着くまでに複数の鍵があり、THE 高級マンションと言わんばかりの玄関であった。インターホンを鳴らすとどこか聞いたことのあるような、でも当時とは違って少し低い知人の声が聞こえた。
散々迷った挙句、玄関を開けると友達がいた。15年以上前、ボブで少し丸い顔だった友達は背の高いシュッとした、相変わらずかっこいい顔の友達が立っていた。聞こえるか聞こえないか分からないくらいのクラシックに膝の下くらいまである芳香剤、なによりあまりにも綺麗すぎる部屋に似合わない地図や元素記号周期表、英語の勉強のためのA3の紙が至る所に貼られていた。
彼は旅人だと言っていた。旅人だと示すように地図の中の都市には蛍光ペンで線が引かれていた。そんなものを見ている間に彼が食事を用意してくれていた。彼は私が日本で利用したことのない食事を届ける宅配サービスを使っていた。バレないように値段を見ると、とんでもない金額の...それは言いすぎた。が、旅行先で買うか買わないかの値段のお弁当だった。(美味しすぎてすぐに食べ切ってしまった。)
そっと友達が席を離れた後、家族に「○○は元気だったよ!良かった!」とLINEで伝えた。
それから10時間くらい尽きることなく話した。これまで何があったのか。今何が困っているのか。どうなりたいのか。(もちろん下ネタも話した。)
昔々、授業中に先生に隠れながら絵を描いていた少年はそこにはもう居なかった。けれど、変わらない彼が居た。(変わらないというのは彼にとっては失礼なのかもしれないが)明らかに自分で考えたのではない模造紙の前で「おいしいピッツァの作り方」を首を傾げながら「ピッツァ??がぁ〜」と話す少年は居なかったが、当時と全く同じ口癖、ボブではなかったが前髪を掻き上げて大笑いする姿、そして強すぎる芯は全て残っていた。
具体的に何を話したのかをここに記録してしまうのはなんだか小さく簡単にまとまってしまいそうで嫌で...
私は彼と昨日会っていなかったら、一生何にもしっかりと挑戦せず、誰かと比較し続けた人生だったのだろうと思う。そして彼から言われた「△△(私の名前)は、きっとうまく行くと思う。」は頭の中に反芻している。もちろん、日本で最も魑魅魍魎とした街で勝ち抜いて来た彼の話術なのかもしれない。そんなことを人に言うは彼にとって容易いだろう。それが本心なのか、"トーク"なのか、そんなことはわからない。けれど、彼の生き様それ自身が私を勇気づけ、奮い立たせたことは間違いない。
少し照れたような顔をしてテストの答案を受け取っていた彼が2026年彼の今後のやりたいことをまるで今後の人生の時間がほぼないのか、はたまた無限かのように話す姿を見たら死ぬほど驚くだろうと思った。
たった四半世紀しか生きていない私達にとって十数年という歳月は、私たちの常識という名の偏見を異なるものにさせるのには十分すぎた。それでも同じ話題で大笑いして、また来年も、その後も元気にしていたらいいなと思う。
多分彼の人生はまだ始まったばかりで、私の人生もまだ始まったばかりだから。